NDC分類から見る情報科学の変遷

皆さんは図書館に足を運んだ際、本棚の背表紙に貼られた「数字のシール」を意識したことはありますか?あの数字こそが、日本の図書館の知の秩序を守る「日本十進分類法(NDC)」です。一見すると単なる整理用の番号に見えますが、実はその背後には「情報科学」という広大な学問の歴史と進化が息づいています。

本記事では、初心者の方向けにNDCの基本から、1980年代以降の劇的なIT進化が分類法にどのような影響を与えたのか、そして未来の図書館がどう変わっていくのかを詳しく解説します。

1. 日本十進分類法(NDC)の基本概要と歴史

日本十進分類法(Nippon Decimal Classification、略称:NDC)は、日本のほとんどの公共図書館や学校図書館、大学図書館で採用されている標準的な資料分類体系です。このシステムがあるおかげで、私たちはどの図書館に行っても、同じ分野の本を同じような場所で見つけることができます。

NDCの誕生と創始者「森清」

NDCの歴史を紐解くと、1928年(昭和3年)にまで遡ります。
青年司書であった森清氏は、アメリカで普及していた「デューイ十進分類法(DDC)」を日本の文化や学問体系に合わせてカスタマイズし、NDCを考案しました。その後、日本図書館協会によって管理・改訂が重ねられ、現在は「新訂10版」が広く使われています。

「十進法」という魔法のルール

NDCの最大の特徴は、あらゆる知識を「0から9」の10のグループに分ける点にあります。これを「類(るい)」と呼びます。

  • 0 類:総記(情報学、図書館、百科事典など)
  • 1 類:哲学(心理学、宗教など)
  • 2 類:歴史(伝記、地理など)
  • 3 類:社会科学(政治、経済、法律など)
  • 4 類:自然科学(数学、医学、理科など)
  • 5 類:技術・工学(料理、建築、機械など)
  • 6 類:産業(農業、商業、交通など)
  • 7 類:芸術(美術、音楽、スポーツなど)
  • 8 類:言語(日本語、英語など)
  • 9 類:文学(小説、詩など)

この10個の数字をさらに10等分し、さらに10等分していくことで、どんなに細かいテーマの本でも特定の番号に割り振ることができるのです。この仕組みは非常に論理的であり、現代の「データ構造」や「階層構造」の考え方に通じるものがあります。

2. NDCと情報科学の関係性:なぜ「0」なのか

情報科学(Information Science)は、現代社会において欠かせない学問ですが、NDCにおいてはこの分野は主に「000番台:総記」に分類されます。なぜ、最先端のテクノロジーが「0」という番号に割り振られているのでしょうか。

「総記」とは知識のインフラである

「総記」には、特定の専門分野に属さないものや、あらゆる学問の基礎となるツールが含まれます。例えば、図書館学、百科事典、そして「情報学」です。情報とは、哲学を語る上でも、科学を研究する上でも必要な「共通の基盤」であるため、0類に配置されているのです。

情報科学の主要な番号:007の世界

情報科学に興味がある方が、図書館でまずチェックすべきなのは「007」という番号です。

分類番号 主な内容
007 情報学、情報科学の全般
007.1 情報理論、サイバネティックス
007.6 データ処理、コンピュータ、プログラミング
007.64 プログラミング言語(Python, Java, C++など)

このように、私たちが普段「ITの本」と呼んでいるものの多くは、NDC 007.6付近に集まっています。しかし、注意が必要なのは、ハードウェア(機械としてのコンピュータ)そのものについては、「548(情報工学)」に分類されることもある点です。理論やソフトは0類、機械としての側面は5類、という使い分けも情報科学の広がりを示しています。

3. 1980年代以降の情報科学の発展とNDCの進化

1980年代は、人類が「アナログ」から「デジタル」へと舵を切った歴史的な転換点です。この時期、情報科学は爆発的な進化を遂げ、それに伴いNDCも大きなアップデートを余儀なくされました。

パーソナルコンピュータ(PC)の普及

1980年代初頭、IBM PCやAppleのMacintoshが登場し、コンピュータは「限られた研究者のもの」から「個人のツール」へと変化しました。それまで「007.6」という番号は、巨大なメインフレーム(大型計算機)を扱う専門書のための場所でしたが、一気に「表計算ソフトの使いかた」や「ワープロ入門」といった一般書が溢れ出すことになります。

データベースとネットワークの黎明期

1980年代後半から90年代にかけて、情報の蓄積技術である「データベース」が高度化しました。また、インターネットの商業利用が始まる前段階として、パソコン通信などが盛んになり、情報の「検索」と「共有」が重要なテーマとなりました。
NDCでは、これら新しい情報の流れをどう分類するかが議論され、インターネット関連の書籍が爆発的に増えた際には、既存の枠組みを拡張して対応しました。

人工知能(AI)の「冬の時代」と「春の訪れ」

実は1980年代には、第二次AIブームが起こっていました。「エキスパートシステム」と呼ばれる、人間の知識をコンピュータに教え込む試みが盛んに行われましたが、当時の技術では限界があり、一度「冬の時代」を迎えます。
しかし、この時期の基礎研究(ニューラルネットワークの改良など)が、現代のディープラーニングや生成AIの礎となったことは間違いありません。NDCにおいても、「007.1(情報理論)」や「007.6」の下位項目に、これらAI関連の文献が静かに蓄積されていったのです。

4. テクノロジーの進化が変えた「図書館」の姿

情報科学の発展は、本を分類する「ルール(NDC)」だけでなく、本を管理する「場所(図書館)」そのもののあり方も変えてしまいました。

OPAC(オンライン蔵書目録)の登場

かつての図書館では、小さな紙のカードが入った引き出し(カード目録)を一枚一枚めくって本を探していました。しかし、1980年代以降の電算化により、OPAC(オパック)と呼ばれる検索システムが登場しました。
利用者はキーワードを入力するだけで、NDC番号を瞬時に特定できるようになりました。これは情報科学における「検索アルゴリズム」の恩恵を最も直接的に受けた例と言えるでしょう。

デジタルアーカイブとクラウド技術

現代の図書館は、物理的な「紙の本」だけを扱う場所ではありません。電子書籍や電子ジャーナル、さらには古文書のデジタルスキャン画像など、膨大な「デジタルデータ」を管理しています。
これらはクラウドサーバー上に保存され、世界中からアクセス可能です。ここで重要なのが「メタデータ」という概念です。NDC番号は、デジタルデータに付与される重要なメタデータの一つとして、今なお検索の精度を高めるために活用されています。

モバイルアクセスと利用者の変化

スマートフォン一つで、いつでもどこでも図書館の予約ができる時代です。利用者は図書館に行く前に「どの棚(どのNDC番号)に行けばいいか」をあらかじめスマホで確認します。このように、NDCは「本を探すためのガイド」から「データを繋ぐためのコード」へと、その役割を深化させています。

5. NDCのメリット・デメリットと今後の展望

100年近い歴史を持つNDCですが、完璧なシステムというわけではありません。現代の情報科学の視点から、その利点と課題を整理してみましょう。

メリット:圧倒的な安定性と統一感

  • 全国共通の言語: 日本国内であれば、北は北海道から南は沖縄まで、どの図書館でも同じルールで運用されているため、利用者にとっての学習コストが非常に低いです。
  • ブラウジング(棚読み)の楽しさ: 関連するテーマが隣り合うように設計されているため、目的の本の隣にある「思わぬ名著」に出会うことができます。これはキーワード検索にはない、物理的な分類法の魅力です。

デメリット:新分野への対応スピード

  • 硬直性: 「十進法」という厳格な枠組みがあるため、全く新しい学問(例:バイオインフォマティクスや量子コンピューティングなど)が登場した際、どの既存カテゴリーに入れるべきか判断が難しく、番号が非常に長くなってしまうことがあります。
  • 学際的テーマに弱い: 「環境問題(社会科学、理学、工学の複合)」のように、複数の分野にまたがるテーマを一か所にまとめるのが苦手です。

未来への展望:AIによる自動分類の可能性

これからのNDCは、AI技術との融合が進むと考えられます。現在は司書の方が一冊ずつ内容を確認してNDC番号を付与していますが、今後は本のテキストデータをAIが解析し、最適な分類番号を推奨する「自動分類システム」の導入が進むでしょう。

また、「Linked Data(リンクトデータ)」という技術を使えば、NDCという日本独自のルールを、国際的な「デューイ十進分類法(DDC)」や「米国議会図書館分類法(LCC)」とデータ上で紐付けることも可能です。これにより、日本の本が世界中の情報ネットワークの中でより見つけやすくなる未来が期待されています。

よくある質問(FAQ)

Q1. NDCは個人でも使えますか?
はい、もちろんです!自宅の本棚をNDC順に並べると、驚くほど整理が捗ります。1類(哲学)から9類(文学)まで大まかに分けるだけでも、自分だけのミニ図書館が完成しますよ。
Q2. コンピュータの本が「0類」と「5類」に分かれているのはなぜですか?
ざっくり言うと、「知識や情報の扱い方(ソフト・理論)」を重視した本は0類(007.6など)、「機械としての作り方や電気回路(ハード・工学)」を重視した本は5類(548など)に分類されるルールだからです。
Q3. 新しいNDC(11版)はいつ出るのですか?
現在、日本図書館協会によって改訂作業が進められていますが、具体的な発行時期については公式な発表を待つ必要があります。。新版では、さらにAIやデータサイエンスの項目が整理されることが予想されます。

6. まとめ

日本十進分類法(NDC)は、単なる本の整理番号ではありません。それは、私たちがこれまでに積み上げてきた「知」の地図であり、情報科学の進化を記録し続ける生き証人でもあります。

1980年代のコンピュータ革命を経て、現代のAI時代に至るまで、NDCは常に新しい知識を受け入れ、体系化してきました。次に図書館を訪れる際は、ぜひ「007」の棚を覗いてみてください。そこには、過去から未来へと続く情報科学の壮大な物語が、背表紙の列となってあなたを待っているはずです。


さらに詳しく知りたい方へ:
日本図書館協会の公式サイトでは、NDCの最新の分類表や改訂に関する詳細な資料が公開されています。専門的な分類に興味がある方は、ぜひチェックしてみてください。
公益社団法人 日本図書館協会 公式サイト

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